どんだけ積んだの昭和の蕎麦屋の出前持ち‼‼

   

昭和初期の蕎麦屋の出前持ち

さて、昭和40年に越谷市に越してきた当店ですが、前身となる店は東京都中央区西八丁堀に有りました【松屋】です。その頃の写真を見返していると「就職した時の店前での集団写真」そして「ザ・タワー」高く積み上げた出前を肩に担ぎ自転車で片手運転。曲芸師さながらの光景です。すばらしい(^^♪

団塊の世代の蕎麦屋さんに話を聞くと、この手の苦労話や失敗談は枚挙に遑がないと言う。組合の飲み会の席でいろいろ話を聞かせて頂いているのですが、結構盛って有るのか否か?判別がつきませんので・・・是非、コレをネタに話を聞いてみてくださいね!

出前持ちの蘊蓄

右利き・左利きと・・・
どんぶりが下・せいろが上の積み上げ
6段くらいが現実的なのかな?
もっと高く積んだ出前の記事はコチラもまさに職人技!どんだけ積むの…昭和のそば屋の出前が常軌を逸っしたテクニックすぎる!

昭和30年代はバイクの登場

越谷市に越して来てからはバイクのようでした。
バイクで片手運転、今では完全にアウトですね(^^♪
——–引用・参照———-
スーパーカブ | 自動遠心クラッチで蕎麦屋が片手で岡持ち運転

スーパーカブ | 自動遠心クラッチで蕎麦屋が片手で岡持ち運転

 

テレビCMでは「おそば屋さんの出前の右手でラクラク」とアナウンス

カブは1958年(昭和33年)に発売。左手で岡持ちなどを持って走行できるよう、左手でのクラッチ操作を省いた自動遠心クラッチとシーソー式チェンジペダルを採用しているのが特徴です。チェンジペダルを踏み込むと、「ガチャン」という音とともに1速にシフトさせるしくみです。
「おそば屋さんの出前も右手でラクラク」
これは当時のテレビCMのナレーション。左手に木製の岡持ちを持ち、カブを運転する梅さんのような出前持ちの映像も流れていました。

左利き用のアイテムをオプション設定

ディープなカブフリークならご存知でしょうが、オプションとして右手で岡持ちを持つ人用(左利き用)に、『左側スロットル・左側フロントブレーキ・左側ウインカーのスロットルホルダーキット』も発売されていました。

筆者の出前歴

今では出前機が付いたバイクですね!筆者もこの手のバイクで出前を運んでいました。
「かつ丼24個」が最高ですかね・・・4段くらい。
今では考えられない数の多い注文が、頻繁に有りましたね(^^♪
出前を積んだまま転倒したり・・・
出前下げをした器を積んだまま急カーブでハングオンもどきで横滑りし、道路に割れた器を撒き散らしたり・・・
店のすぐそばが踏切で、結構凸凹して衝撃が凄いので、いきなり出前機のカバーが外れて出前が飛んだり・・・
エトセトラ・・・

さて、私の出前持ち歴は、17歳でバイクの免許を取り店の出前の手伝いに始まり、高校卒業後は、大阪の調理師専門学校に入学。中華屋で岡持ちのバイト、自動ベルの付いた自転車で大阪駅前北新地を闊歩しました。19歳からは今の店で出前バイクに!そして25歳の出前時に車と正面衝突の事故を起こし、以後は出前バイク恐怖症で何度かチャレンジを試みましたが30年・・・この歳まで成ってしまいました。

この記事を書いた人

岡田 博義
埼玉県越谷市で50年、親子二代で営業中。
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高校を卒業後「大阪 あべの 辻調理師専門学校」へ
調理師免許取得後、「朝日屋食堂」に就く。

30歳を目前に越谷蕎麦商組合青年会に入会。
その年の埼玉県麺業組合主催の【手打ち蕎麦・うどん技術講座】に参加。
これを機に、埼玉県麺業青年会の活動にも精力的に参加。
5期10年の副会長を経験し、第8代埼玉県麺業青年会会長を務めた。

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【そば うどん 朝日屋(二代目朝日屋三郎)】
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