引越し蕎麦とそば切手‼‼

   

そば切手

引越し蕎麦とは、引っ越してきた人が新しい近隣に蕎麦を配る習慣です。
大正時代には、生そばの代わりに「そば切手」という券を配ったそうです。

当店も私が仕事を始めた頃には、引越し蕎麦用の「そば食券」を発行していました。
引っ越してこられた方が「そば券」は有るのかい?と聞かれればお作りしていました。
「500円」の金額を手書きした厚紙に店のハンコを押しただけの大変シンプルな物です。
配る範囲が限られているので、5枚とか6枚とかだった記憶です。
※15年前に今は解散した【越谷麺業青年会】の景品用に
パソコンで名刺用紙に作成した「そば券」

江戸時代に有ったそば切手

植原さんの蕎麦辞典等、古い文献を辿れば「引越し蕎麦」「そば切手帳」なるものが
江戸時代から存在していたのですね(^^♪
それ程古い習慣なのに・・・・
今ではその「引越し蕎麦」なる言葉まで「死語」に成りつつあります。
私の店でも蕎麦屋の集まりでも「引越し蕎麦」の話題はメッキリ聞かなくなりました。
でも、でも、でも、非常にモッタイナイ話です‼
良い風習は次世代まで残したいと思います。
何か良いお知恵が有れば拝借したいです。
ご意見・コメントお待ちしています。

※日本郵便の切手帳

・全国または各県毎に図案を統一した蕎麦券の作成の提案、利用出来るのは、組合加盟店舗。

折角全国組織の組合が有るのだから、これぞ組合の「そば券」見たいのを作成して欲しいと思う今日この頃です。
「食育」と言う言葉もあります。古くからの習慣を次世代に語り継ぐのも「食育」の一環かなぁ~?っと。
「引越し蕎麦」の啓蒙活動と共に、食券・のぼり・リーフレットなんてのを、
このブログを借りて提言しちゃったりして・・・

・締め

無理やり「切手」絡みで書いてしまいました。スイマセン・・・

・引っ越しそば、とちりそば
・手土産、贈答品、振る舞い用
以下に参考文献等を貼り付けて置きます。

途絶えさせるにゃもったいない!「引越し蕎麦」の意外な由来【片山虎之介の蕎麦談義 第4回】

途絶えさせるにゃもったいない!「引越し蕎麦」の意外な由来
【片山虎之介の蕎麦談義 第4回】

 

春は引越しの季節である。私の隣りの家の住人も転居し、住んでいた家は売りに出された。

2か月間ほど空き家だった家に買い手がつき、先日、20代のご夫婦が、4歳の男の子を伴って、我が家に引越しのご挨拶にみえた。明るい、感じの良いご夫婦で、安心した。ご近所に、若い人たちが住んでくださるということは、うれしいものである。

今の季節はこんなふうに、あちこちで引越しの挨拶が交わされているのだろう。

ところで、引越し蕎麦という言葉があるが、私は半世紀以上に渡って生きていながら、残念ながら引越し蕎麦というものを食べたことがない。これは、私だけの特別な状況なのか、それとも世の中では、引越し蕎麦の習慣そのものが途絶えてしまったのか、よくわからない。

妻にも聞いてみた。彼女は関西の生まれだが、故郷にいるときも、東京に来てからも、引越し蕎麦を食べたという話は、一度も聞いたことがないとの返事だった。

いったい引越し蕎麦とは、どういうふうに差し上げたり、いただいたりするものなのか。そのマナーさえ、体験したことがないから、まったくわからないのだ。

そこで、引越し蕎麦とは、いかなるものなのか、調べてみた。

*  *  *

まず、新島繁さんの『蕎麦の事典』によると、引越し蕎麦は、江戸中期ごろから始まった、江戸を中心にした習慣だという。関西には、この習慣はない。

当時江戸では、引越しした際に、ご近所には蕎麦をふたつずつ、大家さんには5つを配って挨拶したとのこと。大正12年に起こった関東大震災のころまでは、ごく一般のこととして行われていたと記されている。

他の文献も当たってみると、少しずつ、引っ越し蕎麦のことがわかってきた。

明治維新から大正時代は、たしかに引越し蕎麦は、転居の際には欠かせないものとして定着していたようだ。引越ししてきた人が近所の蕎麦屋さんに依頼すれば、蕎麦屋さんは心得ていて、隣近所や大家さんに、2枚、5枚と決まりの数量を出前して、代金は移転してきた家に請求するというものだった。

江戸の昔にさかのぼると、天保6年(1835)に発行された『街廼噂』(ちまたのうわさ)という本には、江戸で引越しの際に蕎麦を配る理由は、二八蕎麦は2つでわずか32文、安上がりに済むことから始まったと書かれている。

また、江戸中期の国学者であった津村淙庵(つむらそうあん)が著した『譚海(たんかい)』には、江戸時代の第115代天皇である桜町天皇が、116代の桃園(ももぞの)天皇に譲位され、延亨4年(1747)に新造した上皇の御所に移られた際に供御(くご)として蕎麦を召し上がった、ということが記されている。

これは聞き書きという形で書かれているが、皇室でも江戸中期に、渡座(わたまし=貴人の転居)の際に引っ越し蕎麦が行われたという貴重な記録である。

*  *  *

これほど歴史のある引越し蕎麦なら、私たちの時代に絶やすわけにはいかない。近いうちに自分で蕎麦を打ち、挨拶返しに、お隣りの若いご夫婦にお届けしようと考えている。

逆・引越し蕎麦になるかもしれないが、それでいい。ここから始まって細く長く、お付き合いくださいという気持ちが伝わればいいのだから。

この記事をお読みの皆さんも、引越し蕎麦の古き良き伝統をよみがえらせて、殺伐とした現代の人間関係を、つながりの良い、しなやかでコシのあるものにしていこうではありませんか。

http://www.unasige.com/unagizatugaku-ukiyoe-unagikitte1.html

「鰻切手」と呼ばれる、江戸時代の蒲焼商品券です。
現在の「図書券」や「ビール券」などとまったく同じような商品券が、すでに江戸時代には登場していました。
この頃は「鰻切手」の他にも「そば切手」「酒切手」「米切手」「海魚切手」「菓子切手」「蒲鉾切手」「乾物切手」など様々な商品券が発行されており、近代より発達した経済でもありました。
これらの「切手」は主に接待用、贈答用に用いられていたと考えられます。

引越しした際に、ご近所に挨拶をしながら「そば」を振る舞うという「引越し蕎麦」の習慣は、近年でも一部に残っていますが、これは「蕎麦」そのものを出前して振る舞うという意味ではありません。
ご近所の家でも、すぐに伸びてしまう蕎麦をもらっても迷惑ですのでこの「蕎麦切手」をもらい、自分の都合で蕎麦屋から出前をとり、「蕎麦切手」と交換していました。

http://www.mikado-d.co.jp/cat40/post_217.html

『そば』に引っ越してきました

2016年02月22日

新生活の季節です。進学や就職に伴っての引っ越しシーズンでもありますが、引っ越しといえば「引っ越し蕎麦」。手伝ってくれた友人や親戚に振舞った経験がある人もいるかもしれません。年越し蕎麦と同じように「細く長く平穏な生活が送れるように」という願掛けとして食べるもの…かと思いきや、本来の引っ越し蕎麦はそうではなかったようです。

引っ越し蕎麦という風習が始まったのは江戸時代。引っ越し先の大家や隣近所に挨拶をする際に手土産として配られたものでした。蕎麦は昔から安価だったことに加え、「末永くお付き合いをお願いします」という意味合い、また「『そば』に越してきたのでよろしく」という江戸っ子らしい洒落も含まれていたようです。

木と紙でできた家屋が密集する江戸の町では、大火事が頻発していました。多少の備えをしていても火事が起これば役に立たないことから、「宵越しの銭を持たない」江戸っ子気質が育ったと言われます。物を持たない彼らの引っ越しは簡単。家財道具一切を売り払って手ぶら同然で引っ越し先に向かい、必要な物は買うか生活用品を貸し出す損料屋でレンタルしていたそうです。ただし、よそ者に冷たい日本文化の中では隣近所と親しく付き合うことがとても大切。長屋の中から罪人が出れば連帯責任を取らされてしまうので、大家も入居する人物を慎重に見極めていました。信頼関係を作るためにも、大家といわゆる「向こう三軒両隣」に配る引っ越し蕎麦は、江戸っ子の新生活において重要な役割を果たしていたのかもしれませんね。

ちなみに当時は今のような乾麺はないため、腐ってしまう生蕎麦や茹でた蕎麦ではなく、蕎麦屋に持っていけば食券のように使える「蕎麦切手」を配ることが多かったそうです。※右の写真は「蕎麦切手」。塩町の園山屋と書いてあります。

http://yarinokoshi.blog.so-net.ne.jp/2013-06-25

2013年6月25日は、《温かい「とちり蕎麦」》。

あなたは、ごぞんじでしょうか、「とちり蕎麦」。「おかめ蕎麦」「きつね蕎麦」というように、「とちり蕎麦」という名前の蕎麦があるわけではありません。歌舞伎の舞台で、出演者がセリフを間違えたり、出てこなかったりしたさいに、共演者にふるまう蕎麦のこと。

「もりそば」「ざるそば」だったり、ときには「天ぷらそば」だったりするようです。

三津五郎丈は、6月歌舞伎座の2部で、「土蜘(つちぐも)」に平井保昌役で出演中。昨日24日の出番で、後に言うべき台詞を先に言ってしまったのだとか。このため、その場面に出ていた5人の他の出演者に「蕎麦券」を配ったようです。三津五郎丈は、この歌舞伎界に伝わる「とちり蕎麦」について次のように語っています。

《この習慣には先人たちから受け継がれた、共演者たちに対する温かい配慮が隠されている》。

どんな配慮なのでしょう?

一年のほとんどを舞台の上で過ごしている歌舞伎俳優。失敗のないよう心がけているが、間違えることもあるし、
セリフが出てこないこともある。《その失敗をいちいちあげつらい、叱責するのでは萎縮させてしまうし、楽屋の雰囲気が暗くなってしまう》。失敗した者に多少の出費をさせ、「蕎麦」を配らせることで、《その失敗を許し、明るく笑いに転嫁して次へ向わせるという、大人の配慮が隠されているのだ》。

最近では、失敗の程度により、「コーヒー券」から、「ざるそば」「天ぷらそば」さらには「うな重」といった段階があるとのこと。自分の責任感でその中から選んでいるそうですが、なかなかに面白い決まり事ですね。

「とちり蕎麦」には、もう一つ決まりがあるのだとか。

《初日が開いて3日間は「蕎麦」は出さなくていいことになっている》その理由は?

《まだ舞台になれてないうちだから》。三津五郎丈は、《これも大人の配慮である》と書かれています。人が作り出す舞台。人情の機微に通じた人でなければ、お客様を感動させるものを作り出すことはできません。人が必ずするであろう失敗。それをどう少なくし、失敗した人にも、周囲の人にも、マイナスの感情を抱かせず、思いを一つにし、前を向かせるか。その答えが「とちり蕎麦」。

人の思いの表裏に通じた大人が、昔はたくさんいたようです。自分もそうした大人になりたいものですが、それはいつのことになるのやら。

さて、余談ですが・・・2018年初頭、筆者は収集して保存してある切手に付いて取材を受けました。
切手繋がりでお時間が有りましたら覗いて見て下さい(^^♪

子どものころから切手マニア!いまも心酔する理由とは?

https://funmee.jp/articles/37762ca7707babed1f2e76c87390d4cb3945a285

コレクター歴40年超えの切手マニアが選ぶ、超個人的名作切手とは

https://funmee.jp/articles/e47451b3690a048e5b5b9ff5ce28e0898cbeb2ed

この記事を書いた人

岡田 博義
埼玉県越谷市で50年、親子二代で営業中。
お店のFBページはこちら
高校を卒業後「大阪 あべの 辻調理師専門学校」へ
調理師免許取得後、「朝日屋食堂」に就く。

30歳を目前に越谷蕎麦商組合青年会に入会。
その年の埼玉県麺業組合主催の【手打ち蕎麦・うどん技術講座】に参加。
これを機に、埼玉県麺業青年会の活動にも精力的に参加。
5期10年の副会長を経験し、第8代埼玉県麺業青年会会長を務めた。

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【そば うどん 朝日屋(二代目朝日屋三郎)】
そば うどん 朝日屋

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